緑が山野を染める  ~万緑の磯砂山ハイク~ 【舞鶴山遊会】

 5月28日実施の丹後、磯砂山例会にあたり、久美浜出身の当クラブのメンバー、Tさんからある本を紹介されました。それは地元の郷土史家、松本寅太郎さんが著された「磯砂山の昔ばなし」という書物です。
 中身の主題は、磯砂山に伝わる羽衣伝説にまつわるもので、一般的に知られている「女池」以外に地元の人でさえ、その所在もほとんど知らないという「男池」の発見とその存在の意味を解き明かし、秘密のベールに迫ろうというものです。今回の山行ではそんな歴史の神秘を感じながら、緑豊かな初夏の磯砂山を歩いてきました。この記事ではその著作の一部と我々の山行の様子を絡めながらお伝えしていきます。

登山ルートとおもなポイント

磯砂山への道

磯砂山の今昔 「磯砂山の昔ばなし」より

 丹後半島の付け根に位置する磯砂山は、古くから特殊な霊山として崇められていたようで、周辺にある古墳や神社の多くは、磯砂山に向かって建っているものが多くあり、網野の銚子山古墳や加悦の蛭子山古墳からは、その付近で一番姿のよい磯砂山が見えます。その他、社殿真正面の彼方に見事な磯砂山が聳えている神社もあり、これは磯砂山に対する強い信仰のなごりとも言われています。

磯砂山山頂にて

磯砂山の名前、あれこれ 「磯砂山の昔ばなし」より

 磯砂山を紹介している丹後の史書のほとんどが山の名を「一山四名」を持つ山とし、磯砂山、比治山、足占山、比沼山と紹介しています。しかし実際には十種以上もの山名が伝えられ、由緒も多種多様あります。
 現在、一般的に使われている「磯砂山」ですが、この字で「イサナゴ」「イサナゴサン」とはなかなか読みづらいですが、その名前の由来としては「日本海の航行のときの望標で、鯨の形に見え、勇魚(いさな)は古来の鯨の呼び名で鯨の子に似た山だからその名がついた」という説です。

女池と男池

 磯砂山には日本最古といわれる「羽衣伝説」が語り継がれています。一般的に知られている、その天女が舞い降りたとされる池は磯砂山の南側、登山道の中間点近くにある「女池(めいけ)」と呼ばれるところです。ただ実際には水量も雨季や融雪期を除いてはほとんど無く、湿地帯のような場所でした。

男池のこと ① 「磯砂山の昔ばなし」より

 磯砂山の北側にある、茂地(もち)という集落では「女池」とは別の池を先祖代々「神の池」として崇め、厳しく他言を避けて守り続けていました。その池は地元では「男池」(おいけ)と呼ばれています。
 だだ明治以降に出版された史書ではあまり紹介されず「男池」を知る人はごく僅かです。しかし神話時代の伝承や古文書では、「男池」と思われる池に関連したものが「女池」の伝承よりはるかに多く、羽衣伝説の池は「女池」ではなく「男池」だと証言する人や説もあります。古文書によると「男池」は神武天皇のご先祖の神様達が弥生時代から古墳時代前期の頃に掘られ、皇族の方々が祀られていたとの記録もあります。
 「男池」のある場所は、磯砂山の北側中腹にある険しい
崖を登り切った岩山の山頂です。(下記地図参照)

男池のこと ② 「磯砂山の昔ばなし」より

 各文献や調査を経て、男池は約1300年前に掘られた一辺、約21mの真四角の人工の池であることが分かりました。水は季節によっては山肌と見分けがつかなくなる時があるけれど、年中干上がることはありません。山頂にありながら水が枯れない理由としては地元の人が「重箱雨」と呼ぶ、磯砂山の一部分だけに降る特殊な雨が要因ではないかという説あります。これは日本海からの湿気を含んだ空気が磯砂山に当たり、南北の温度差からは発生する「露点現象」がもたらすものです。
 男池の周辺は先祖代々、女人禁制とされ、男性でも故なく近づいてはならない、
他人に語ることも禁じられた、超特別な神の山だったのです。このように人を拒絶するような険しい地形のところにあり、近ずくことも憚られた神域であった事など重なり歴史の表舞台から姿を消していったのです。

羽衣伝説あれこれ

二つの羽衣伝説 「磯砂山の昔ばなし」より

 磯砂山にまつわる羽衣伝説に、地元では二種類あると言われています。一つは文献として残る「奈具社」と、もう一つは民間伝承として語り継がれた「羽衣伝説」です。二作品の人物設定の違いは、民間伝承の主人公が若い猟師三右衛門と天女。文献の「奈具社」では、和奈佐老夫婦と天女。家族関係では、民間伝承の場合は三右衛門と結婚して三人の子を産みますが、「奈具社」では天女は養女で子供はありません。
 結末は天女が天へ帰る民間伝承と、家から追い出され、やがて「奈具神社」や伊勢外宮の豊受大神として祀られた説の二通りに分かれます。

 日本海側の規模の大きな古墳は丹後地域に集中しており、当時の大和朝廷との繋がりや大陸との交易、文化の玄関口としての役割が指摘され、「丹後王国」が存在したと言われるゆえんです。磯砂山を中心とする丹後の山々がその祭礼や儀式に関わる「聖なる山」だったとするなら、とてもワクワクする興味深いことです。そして「男池」「女池」「天女」「羽衣伝説」「七夕伝説」などのエピソードの数々はほとんどミステリーであり、ファンタジーでもある世界でした。

 この豊かに緑あふれた山域が昨年来、風力発電設置で揺れていることを直視しなければならないと思います。地元に暮らす人々の気持ち、考えを第一に尊重しながら、丁寧な議論を尽くしてほしいと思います。

※ 『磯砂山の昔ばなし』より写真、記述内容等を出版社の許可を得て転載しています