近江八幡街歩き  早春の近江路を歩く  【舞鶴山遊会】


 春の訪れとともに毎年行っている「街歩き」。今回は3月23~24日、始めて宿泊を伴う企画として滋賀県の近江八幡を訪れました。
 近江八幡は琵琶湖の東岸、小高い山が点在する湖東平野の一角に位置し、小京都の町としても知られています。
 八幡山城を中心に、美しい碁盤目状の城下町として整備され、又琵琶湖を利用した水運による経済や流通の拠点の一つとして栄え、多くの近江商人を輩出してきました。
 そのような歴史と文化、そして琵琶湖を中心とした、広々とのびやかな自然が融合した美しい街です。

今回の街歩きの主なポイント  ~ 近江八幡概念図 ~

3月23日 八幡山ロープウェイ ~ ラコリーナ ~ 安土城址

八幡山 ・ 日牟禮八幡宮

◆豊臣秀吉の甥にあたる豊臣秀次が1585年に標高270mあまりの八幡山に城を築いて町を整備していきました。山上にはその城址や秀次公を祀る瑞龍寺があり、現在はロープウェイが山頂まで通じています。近江八幡の街並みや西の湖の風景を楽しむことができるのですが、生憎の空模様で時折雲の切れ目からわずかに垣間見れる程度でした。

◆日牟禮八幡宮は八幡山の山麓にあり、古くから近江商人の信仰を集めてきた旧八幡町の総社です。付近には多く土産物店、飲食店などが立ち並ぶ観光スポットです。

ラコリーナ近江八幡店

◆ラコリーナは老舗和菓子店「たねや」と「クラブハリエ」のフラッグショップで2015年にオープンしました。滋賀県内の観光施設の中で、最高の来店客数をここ数年、毎年記録している人気の店舗で昨年は400万人を超えたとか。広大な敷地面積がありとても短時間で回ることはできないところです。

安土城址

◆この日最後に訪れたのは安土城址。織田信長が天下統一を夢見て築いた絢爛豪華な安土城は築城からわずか3年後、本能寺の変の直後に焼失してしまいました。約200mの安土山に復元された石段を登り、残存する石垣などボランティアガイドさんの丁寧な説明を聞きながら、当時の兵たちの想いに浸ることができました。
 そして天主台遺構からは天下統一のかなめとなるであろう、交通、物流、人流の拠点としての広々とした近江平野と豊かな水を湛えた琵琶湖が広がっていました。

3月24日 沖島 ~ 近江八幡旧市街 ~ 水郷めぐり ~

沖島

◆沖島は約300人が居住している琵琶湖内で最大の島。湖の島に人が住むことは世界的にも珍しいとのことで、島民のほとんどは漁業に従事しています。ボランティアガイドさんの説明を聞きながら生活道路を歩き、島の歴史や生活、風習を感じることができました。最も印象に残っているのは、島で唯一の沖島小学校、全児童数14名の内、島内の子は3名であとは近江八幡市内から通っているとのこと。それだけ自然豊かで、濃密なコミュニケーションを得ながら学習、体験ができるということでしょう。

旧市街を歩く

◆沖島から市内に戻り、今回の街歩きの最大のポイントといえる旧市街地をボランティアガイドさんの説明とともに回りました。大きな括りとしてこの街には三つの顔があるそうです。
 一つは八幡山城下町としての碁盤目状に整備された街並みや八幡堀と呼ばれる琵琶湖を往来する船を寄港させた運河などの歴史的風景。そしてそれらの物流や情報の集積によつて多くの富を築いた八幡商人(近江商人)達の残した商人文化としての風景。さらに明治になって来日し、この近江八幡の街をこよなく愛して数多くの洋館を残した建築家であり教育者であったウイリアム・ブォーリズの足跡による西洋的風景。
 このように和と洋、過去と近現代が絶妙に調和しながら、落ち着いた雰囲気を作りだしている街だと感じました。

水郷めぐり

◆今回の企画で最後に訪れた西の湖。「水郷めぐり」は豊臣秀次の時代から始まり、当時は琵琶湖の入り江だったのが次第に埋まって現在のような湿地帯になって来たそうです。複雑に入り組んだヨシ原の水路を手漕ぎの和舟でゆったりと巡りました。
 3舟に分乗し、船頭さん巧妙な櫓さばきとガイドを聞きながら、水鳥の群れる姿や岸辺に茂るヨシやミズヤナギの様子、垣間見れる街の表情などを眺めつつ、約80分のコースを心地よい気持ちで楽しく過ごすことができました。

 一泊二日の近江路の街歩きでした。ある程度の予備知識を持って訪れ、現地でガイドさんの説明を聞き、そして資料を見つつ振り返りながらこの記事を制作しました。以前訪れた街も同じですが、それぞれの街に長い歴史と自然があり、そこから生み出された生活があり、多様な文化が育まれています。一度訪れただけのいわば旅行者で、その奥深さを理解することはできないのですが、その地域のことをもっと知ろう、調べてみようというきっかけになればいいかなと改めて感じています。